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全国魅力度1位!あなたはいくつ知っている?函館の知られざる雑学10選!

4月 3, 2019

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  • NORI
    NORI
    どうも管理人のNORIです。

以前2018年の全国市町村魅力度ランキング1位に輝いた函館の観光情報をお伝えしました。

今回は、地元民でしか知らないような雑学をお伝えしたいと思います!

函館に行ったことがある人や観光に行こうと思っている人は必見の記事です!

北海道の他の街や全国では、お盆は8月に行うのが普通ですが函館では7月に行う人がとても多いです。

お盆は本来旧暦の7月に行われていました。明治5年に太陽暦が採用され旧暦と新暦では暦が大体1ヶ月ずれるのでお盆は8月に行う事が全国で主流となりました。

ところが、函館では8月のお盆だと函館八幡宮の例大祭と親戚一同が集まるお盆のダブルイベントはとてもハードということ大正から函館の旧市街地(亀田地域除く)では、「7月お盆」が定着するようになりました。

②函館人が愛する炭酸飲料

コカ・コーラ、三ツ矢サイダー日本人みんなが大好きな炭酸飲料ですが、函館人が好きなのはコアップガラナです。

もともとブラジル発祥のガラナは、先住民が好んで愛していた栄養ドリンク。なぜ、函館に定着したんでしょうか?

昭和30年代前半にコカ・コーラの自由販売が日本でも始まり、それに対抗するためにコアップガラナを販売しました。

北海道ではコカ・コーラの進出が本州に比べ遅れた事もありコアップガラナは一気にソウルフードに定着。

特に函館では、隣町の七飯町で工場を構える株式会社小原が生産を続けていて市民に愛されています。

③函館にあった幻の新政権

幕末から明治にかけ、幕府軍と新政府軍の間で戊辰戦争が行われました。

そして、函館は戊辰戦争最後の地として知られます。

幕府軍を指揮したのが榎本武揚で江戸から北上し松前を占領し勢いに乗り函館(当時箱館)を占領。

蝦夷地の領有を宣言します。その際に、国内初の公選入札(選挙)が行われ、総裁には榎本武揚が選ばれました。

この時の様子が外国人により共和国と呼ばれる政権があったと伝えられ、後に蝦夷共和国と呼ばれるようになりました。

 

④創業者の死で起きたカレー戦争

函館は全国でも有名な西洋料理店五島軒のカレー、スープカレーのお店がいくつもあるカレー激戦区です。

そんな函館でも市民から愛されているのが、「小いけ」のカレーです。

印度カレー 小いけ本店」と「元祖インドカレー小いけ」2つの店があり、現在も営業しています。

実は2つのお店の位置が距離30メートルしかなく、お互いに関係はありません。

そして、どちらも「本店」「元祖」を名乗っています。実はこの裏に創業者の死から生まれた争いがありました。

元々小池義次郎という人が当時の函館にカレーのお店がないことから昭和23年に創業。函館で人気がありました。

その後小池さんが病に倒れて店舗を従業員に売却しました。現在の「元祖インドカレー小いけ」がある場所です。

そして、小池さんは帰らぬ人となりました。

小池さんが亡くなったとを継いだのが現在の「印度カレー 小いけ本店」(創業者の2代目)で、店舗を新築して営業を始めました。その新築店舗がなんと元祖インドカレー小いけの目と鼻の先。ここから今に続く争いが続きます。

ポイントは、「印度カレー 小いけ本店」が新しい味を志向しているのに対して、「元祖インドカレー小いけ」は創業者の味を守ることにこだわっています。つまり、スタイルが違います。また、創業者は後継者を決めていなくてレシピを伝えていなかったという巷の噂を聞きます。

これが函館にある2つの”小いけ”の理由です。詳しい年表はこちらから

⑤隠れた”パン”の大激戦地。

函館は明治12年に初めてパンを販売した記録が残るほど歴史は古く、大小様々なパン屋が多くあります。

開港からいち早く西洋文化を取り入れた風土と小麦やバター、砂糖様々なパンの原料が手に入る北海道の産地の利点がパン屋が多い要因かもしれません。

また、函館でも創業昭和4年の古い歴史を誇る「キングベーク」は函館近郊の「ミスタードーナツ」フランチャイズ店を経営しており、全国でもかなり割安な地域限定の価格で提供しています。

⑥今も子供に愛される日本最古の観覧車が存在!

函館山の麓にある函館公園は北海道で最初に作られた洋式の公園ですが、その公園の一角に「こどものくに」というミニ遊園地が存在します。

このミニ遊園地に日本最古の観覧車があります。

1950年に大沼公園にあった観覧車が移設され今年でなんと69年も歴史を誇ります。

函館のほぼ4世代の子供たちが載った観覧車。あなたも乗ってみてはいかがですか?

⑦街を見守る往年のヒーロー像

函館の駅前地区いわゆる大門地区のグリーンベルトと呼ばれるエリアにひっそりと佇む月光仮面象があります。

なぜ、函館の地に月光仮面?と思われる方も多いと思いますが、実は作者である川内康範さんが函館出身という事もあり川内さんが函館市に寄贈したのがきっかけです。それ以来、街を常に見守り続けています。

⑧謎の給食メニュー「クローヨ」

函館の学校給食には、「クローヨ」という謎のメニューが献立としてあがります。

このクローヨという料理、実は酢豚なんです。

では、なぜ「クローヨ」と呼ばれているかというと一説では、古咾肉という中国語から来たという説があります。

他にも函館では、華僑が建てた清朝時代の建築物である中華会館や、中国人墓地があるなど中国との縁を感じます。

さらに、函館の名物である塩ラーメンも明治17年当時の新聞に登場した南京そばにルーツがあるといわれておりこちらの原型は中国大陸のものとほとんど変わらないらしいです。

函館を代表するラッキーピエロ創業者の王一郎さんも華僑のルーツの方。そんな函館に今中国の方がたくさん訪れているのには何か歴史を感じますね。

⑨東京以北最大の都市

現在、北海道の道都札幌や道北の中心都市旭川に次いで人口第3位の函館ですが、かつては札幌や仙台、盛岡などをも凌ぐ東京以北最大の大都市であったことは知られていません。

開港以来様々な文化が伝えられ、領事館が立ち並び人の交流が盛んとなった函館。さらに大正時代にはさけ・ますの北洋業業基地、蟹工船の基地が置かれて栄華を極めます。昭和の始めころまでは東京以北の最大都市として発展していました。

その後、死者2,000人以上を出した函館大火により、道内一位の座を札幌に譲ります。

➉心霊スポット?外国人墓地にある”赤い墓”

観光スポットである外国人墓地の一角にかなり目立つ真っ赤に染められた大きいお墓があります。

この赤い墓は、信濃助治さんという人のお墓で日清戦争の時に全身赤い服を着て北海新聞の号外を配ったそうです。

自分の事を「天下の号外屋」と名乗り、家まで真っ赤にしていたそうです。

遺言で赤い墓を建ててほしいという事で現在まで残る立派な赤い墓が建てられています。

この赤い墓は函館では心霊スポットになっているそうです。真相はわかりませんが・・・

NORI
NORI
いかがでしたでしょうか?

函館に関する雑学を集めまましたが、かなり内容が濃くなりましたね。

勿論、歴史溢れる魅力ある街ならではの内容ですね。

ブログを最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの冒険に繋がることをお祈りします!

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NORI
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人生は冒険だ。
この記事を書いた人

NORI

生粋の道産子。目標は社会をより良くすること。現在32歳。大学卒業後、インフラ企業に就職。約9年働く。退職後、現在は中国在住。総合旅行業務取扱管理者、柔道初段など資格多数。旅と音楽とボランティアが好き。

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